Day 7
自分の最初のループを設計する
最終日です。今日の中心は、新しい概念ではなく、この6日間で学んだことを1枚の文書に束ねる作業です。 名前はループ契約書(loop contract)。 AIに仕事を任せるときの取り決めを、6つの項目で書き切ったものです。 これを書き上げたら、このコースは修了です。
今日のゴール
- ループ契約書の6項目を、自分の仕事の言葉で書き上げる(修了制作)
- 書いた契約書をAIに渡して、最初の1周を始める方法を知る
- 「毎日自動で」に必要な鼓動の住まいと、小さく始める順番を知る
- 回し始めた後の健康診断「採用率」の見方を知る
ループ契約書の6項目
6項目のうち5つは、すでに学んだものの言い換えです。新しいのは「報告」だけ。 よい報告の条件は、Day5でやったとおり「尋問に耐えられること」です。
| 項目 | 問い | 学んだ日 |
|---|---|---|
| 起動条件 (TRIGGER) | いつ・何をきっかけに始まる? | Day3の鼓動 |
| 担当範囲 (SCOPE) | 何を触ってよく、何を触ってはいけない? | Day2の作業環境 |
| やること (ACTION) | 1回のループで何をする? | Day1の行動 |
| 予算 (BUDGET) | 件数・時間・お金の上限は? | Day4の非常ブレーキ |
| 停止条件 (STOP) | 何がどうなったら止まる? 迷ったら誰に相談? | Day1・Day4 |
| 報告 (REPORT) | 誰に・いつ・何を知らせる? | Day5の輪の上 |
題材の選び方: 4つの条件
契約書を書く前に、仕事の選び方をひとつだけ。どんな仕事でもループに向くわけではありません。 次の4つがそろっているかを確かめてください。
| 条件 | 確かめ方 |
|---|---|
| 1. 繰り返し発生する | 週1回以上が目安。一度きりの仕事に仕組み作りは割に合わない |
| 2. 機械的に判定できる | 終わったかどうかを、規定や台帳と照合して決められる。「美しいか」のような主観の判断はループにしにくい |
| 3. 準備の手間に見合う | 文脈をそろえ、契約書を書き、数週間観察する。その手間より節約のほうが大きいか |
| 4. AIに道具が届いている | 必要な資料・データ・確かめる手段を、AIに渡せるか(Day2の作業環境) |
全部そろっていなければ、そろっている仕事に替えるか、そろうまで担当範囲を狭めてください。 経費チェックAIが7日間の題材でいられたのは、毎月発生し、規定と照合でき、件数が手間に見合い、規定と台帳を渡せる。4つがそろっていたからです。
修了制作: 契約書を書く
下のフォームに、あなたの仕事を1つ選んで書き込んでください(Day1のミニ課題で選んだ仕事を、上の4条件に通してから使ってください)。 迷ったら「例を読み込む」で経費チェックAIの完成例を表示し、自分の仕事の言葉に書き換えていくのが早道です。 入力はこの端末のブラウザにだけ保存され、どこにも送信されません。
書いた契約書は、こう渡す
契約書ができたら、次の疑問は「これを、どうAIに伝えるのか」でしょう。 答えは拍子抜けするほど簡単です。コピペで渡せばいい。 下のリプレイは、いま書いたような契約書をチャットAIに貼り付けて、最初の1周を回したところです。
チャットAIでも、ターミナルで動くAIエージェントでも、渡し方は同じ「貼って、始めてもらう」です。 エージェント(Claude Code など)の場合はもう一歩進めて、作業フォルダに 「CONTRACT.md」のような名前のファイルとして契約書を置いておけます。 毎回貼り付けなくても「契約書を読んでから始めてください」の一言で済む。 お気づきでしょうか。契約書をファイルとして置いておくこの形は、Day3の手順書そのものです。
「毎日12:00に自動で」の正体: 鼓動はどこに住むか
実際に始めようとすると、もうひとつ必ずぶつかる疑問があります。 「起動条件に『毎日12:00』と書いたけれど、私のパソコンを閉じていたら動かないのでは?」
そのとおり、動きません。ノートパソコンは閉じれば眠ります。 鼓動が自動で打ち続けるには、起き続けているコンピュータが必要です。 Day6のリプレイ1に種明かしをもうひとつ足すと、あの学習ループが毎日12:00に動けるのは、 閉じられることのない小さなコンピュータ(サーバ)の上に住んでいるからです。
| 鼓動の住まい | 特徴 | 向いている時期 |
|---|---|---|
| あなた自身(手動で始める) | 準備ゼロ。今日から始められる | 最初の数週間。まずはここから |
| 起き続けているコンピュータ(常時稼働のPC・小さなサーバ) | 24時間動くが、用意と管理が要る | 毎日型ループの本格運用 |
| クラウドのスケジュール実行(サービスを借りる) | 自分のPCと独立して動く | 道具に慣れてきたら |
ただし、順番が大事です。鼓動の自動化は、いちばん最後。 まずは鼓動だけあなたが担う半自動ループで数週間回してください。 毎朝コーヒーを淹れたら、契約書つきで1周頼む。それだけで、あなたの仕事は十分変わります。 価値とブレーキの効きを確かめてから、起き続けているコンピュータへ引っ越して全自動ループにする。 Day4を思い出してください。自動で回るものは、自動で暴走もします。 手動で信頼できない仕事は、自動化しても信頼できません。自動化で上がるのは、失敗の速度だけです。 信頼は、ループがまだ手元にあるうちに作るものです。
小さく始める: 最初のループは「読むだけ」でいい
書き上げた契約書を、明日から全部自動で動かす必要はありません。むしろ最初のループは、思い切って小さくしてください。おすすめの形はこれです。
- やること: 読んで、まとめて、報告するだけ
- 禁止事項: 何も変更しない。何も送信しない。何も提出しない
- 停止条件: 報告を書き終えたら停止
「毎朝、未処理の一覧を読んで、気になるものトップ3を理由つきで報告する」。この程度で十分です。 前の節の言葉と合わせるなら、半自動ループ×読むだけ。二重に安全な形から始めます。 変更ができないループは、Day4の言葉でいえば暴走しても事故になりません。 そして読むだけのループでも、鼓動・記憶・報告の練習には十分なります。 信頼は、小さいループを何週間か観察してから、担当範囲を1段ずつ広げて積み上げるものです。
数週間後の健康診断: 採用率
小さく始めたループが数週間回ったら、続けるか、広げるか、直すかを決める番です。 このとき見る数字を間違えないでください。何周回したか、何件処理したか、どれだけ作ったか。作業量はどれも、あまり当てになりません。 見るべきは採用率(acceptance rate)。AIの提案のうち、あなたが採用した割合です。
採用率が半分を下回っているなら、そのループはまだあなたの時間を節約していません。 提案の半分以上を差し戻すということは、結局あなたが重い点検をしているということだからです。 打ち手は5つ。どれもすでに学んだ場所にあります。
- 担当範囲を狭くする(契約書のSCOPE)
- 指示を明確にする(Day2の指示の層)
- 文脈を厚くする(Day2の文脈の層)
- 検証役を強くする(Day3の部品)
- 禁止事項を増やす(契約書のSCOPE)
採用率を数えるのに道具は要りません。1周ごとに、採用したか差し戻したかをひとこと書き残すだけです。 番外編で紹介するループ日誌のメモ欄は、この置き場としてそのまま使えます。
次の一歩
このコースの模擬体験でAIが動かしていたような仕組みは、実際の道具で作れます。 たとえば、Day6のリプレイ2で見た作業ループを動かしていたのは、 ターミナルで動くAIエージェントと呼ばれる種類の道具です(Claude Code など。 チャットのAIと同じ会社が出している、ファイルやツールを扱えるAIです)。 具体的な導入手順はすぐ変わるので、ここには書きません。公式ドキュメントが最新です。 道具を触り始めたら、このコースで学んだ言葉、つまり完了条件・観測・停止条件・担当範囲が、そのまま設計図として通用します。
7日間のまとめ
- Day1: 一発指示には確かめる段がない。目的→行動→観測→修正→停止が基本サイクル
- Day2: 渡すものは指示・文脈・作業環境・ループの4層。下の層の不足は上で補えない
- Day3: 毎日回すには鼓動・個室・手順書・接続・検証役・記憶の6部品。記憶は会話の外へ
- Day4: 暴走も偽完了も、正体は検証できない完了条件。非常ブレーキ3種は発動しないのが正常
- Day5: 目指すのは輪の上。報告は尋問して読む。あなたの武器は規範モデル
- Day6: 観測の内側の失敗は情報、外側の失敗は事故。長く回るループは小さく確実に終わる
- Day7: すべてを6項目の契約書に束ね、コピペで渡す。鼓動の自動化は最後。最初のループは読むだけでいい
最後に、Day5の一文をもう一度置いておきます。 同じループを作っても、深く理解して速く進める人と、理解を避けるために使う人で、結果は正反対になります。 ループはその違いを知りません。設計者であるあなたは、知っています。 7日間、おつかれさまでした。
付録: 用語対照表
卒業後に英語の記事やドキュメントを読むときの橋です。この教材の言葉と、世間で使われる言葉の対応表です。
| この教材の言葉 | 原語 | 一言でいうと |
|---|---|---|
| ループ | loop | 基本サイクルを停止条件まで繰り返す仕組み |
| ループエンジニアリング | loop engineering | ループ全体(観測・停止・相談を含む)を設計する実践 |
| 基本サイクル | agent loop | 目的→行動→観測→修正→停止の5段階 |
| 観測 | observation / feedback | 行動の結果を確かめて得る情報。失敗も含む |
| 完了条件 | done condition | 終わったと客観的に判定できる条件 |
| 停止条件 | stop condition | ループを止める条件の総称 |
| 暴走 | runaway | 終わりの定義がないまま回り続ける状態 |
| 偽完了 | premature completion | 完了条件を満たさないまま「終わった」と宣言して止まる状態 |
| 非常ブレーキ | hard stop | 回数上限・無進捗検出・予算上限の3種 |
| 人間への相談 | escalation | 判断できない案件を人間に引き渡すこと |
| 指示 | prompt | AIへの1回の依頼文 |
| 文脈 | context | AIが前提として見る情報環境 |
| 作業環境 | harness | 道具・ルール・チェックを整えた環境 |
| 鼓動 | automations | ループを自動で動かす起動の仕組み |
| 個室 | worktree | 複数のAIが衝突しないための隔離 |
| 手順書 | skill | 毎回説明しないための固定した知識・手順 |
| 接続 | plugin / connector | 外部の道具やデータへのつなぎ込み |
| 検証役 | verifier / sub-agent | 作る役と別に点検する役 |
| 記憶 | memory / state | 会話の外に残す進捗・判断・記録 |
| ノーチェックループ | open loop | 検証なしで回るループ。デモ用 |
| チェックつきループ | closed loop | 1回ごとに検証が入るループ。実務の基本形 |
| レビュー役つきループ | review loop | 並走する検証役が指摘を返すループ |
| 輪の中 | human in the loop | 人間が毎回チェックする働き方 |
| 輪の上 | human on the loop | 人間が仕組みを設計・監視する働き方 |
| 輪の外 | human out of the loop | 任せきりの状態 |
| 尋問 | interrogation | AIに質問して自己説明させる点検法 |
| 規範モデル | normative model | 人間だけが持つ理想像・価値基準・過去の判断 |
| 理解負債 | comprehension debt | AIの成果物と人間の理解の差。速いループほど速く積み上がる |
| ループ契約書 | loop contract | 6項目でループを定義する文書 |
| 採用率 | acceptance rate | AIの提案のうち人間が採用した割合。ループの健康診断指標 |